ロバート・A・ハインライン『月は無慈悲な夜の女王』

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 207)

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 207)

読んでてスッと面白さが分かる作品。600ページという厚さもテンポが乗ればあっという間、という感じなので気負いは要らないです。
地球から流刑地・植民地としての扱いを受けている月の住民たちが、地球からの独立を目指し様々な工作活動を行い、最終的には戦争を行って・・・という大筋。
鍵となるのが、月から地球への物資輸送に使われている射出機の制御を行い、また月の都市機能の全ても同様に制御し、自我に目覚めたコンピュータである「マイクロフト」。彼の自我の存在は主人公たちしか知りません。この存在と、主要人物の代表格であるデ・ラ・バス教授の持つ組織に関する思想の組み合わせが非常に面白いです。
「マイクロフト」が劇中で果たす役割を順に挙げますと、「情報の収集・分析」「革命組織の統括」「射出機や都市機能の工作・武器転用」などでしょう。彼は自発的に情報を集め加工し、革命組織のメンバーに必要な情報を提示することが出来ます。これによって長期的な革命運動が可能となった訳ですね。続いて革命組織のメンバーは彼の通信網を利用し、彼のみから指示を受け報告をする形で各々の工作活動を行っています。現実に存在しない人間からのみ情報交換されるので、これによってスパイによる情報漏れの心配がなくなる訳です。そして彼の制御する機能が、流刑地ゆえに武器がほとんど存在せず、また資源も少ない月で、不利な革命組織の運動を資金や情報操作の点で有利に進めたり、地球に対する攻撃手段として機能したりすることとなるのです。
そして、デ・ラ・バス教授の組織論や合理的無政府主義なる思想がまた面白い。彼は、まともな議論の成立する人数条件を3人とし、それ以上は無駄だと切り捨てる。組織の中での仕事をそれぞれに明確にさせた上で、実力主義的な組織運営を訴える。明文化されたルールの確立は人々の活動を阻害するものであるから避けるべきであり、それぞれが自然適応的に社会を構成することが最も望ましいという考えを持っている。筆者はこのキャラクタを通じて主張を投げかけているように感じました。確かにこのキャラクタの主張は、人がなんらかの決定を下す際に、極力無駄をかけない方法として非常に有用だとワタシは思います。
元軍人の作者らしい考え方の詰まった小説であるなあ、という実感が大きいです。情報の扱い方や人員の動かし方、戦略の組み立てなどが、まさにシステマチック。