ジェフリー・A・ランディス『火星縦断』

火星縦断 (ハヤカワ文庫SF)

火星縦断 (ハヤカワ文庫SF)

良作ハードSFだった。もう少し早く読んどきゃ良かった。
火星の風景の鮮やかさが第一。それが科学の部分でより繊細に表現されるという、まさにハードSFの鏡。細かい塵の舞う様子、火星の歴史を見せる崖の地層、希薄な大気の中で吹く風、そういうものが生き生きと描かれていて、リアリティを感じさせる。未だ人類そのものは足を運べていない、自然の描写。
そして第二、計画された帰還用ロケットを失うことによって、着陸地点の火星南半球から別の調査隊が残したロケットのある北極点までの旅路を歩むこととなった火星探査クルーの、それぞれの生い立ちやドラマが、また個性的。彼らが火星に至るまでの物語、そして縦断中におけるそれぞれの信頼と不信の内面描写、それらが断片的に出されていく感じが積み重なって、どんどん重みを増していく。
その二つが合わさるそれぞれの火星やこのサバイバルに対する考え方が、それぞれとこの物語の結末によく結びついているなあ、という印象。何故この人たちが生き残ったのか、どうしてあの人はこのような結果を迎えたのか、まさになるべくしてなっているという流れを見せられた。
サバイバル物の魅力は主人公たちの自然に対する適応力と社会性、SFに必要なのは優れた舞台設定、この二つが見事に合わさった作品だと思う。
ただ少々物足りないのは、終盤の登場人物たちに語らせ足りない部分が多々ある、それが物語のクライマックスであまりにも淡々とした印象を残らせている、という部分。多分、終章を締めたあの人物への読者共感が、不十分なままで話が終わっている感じだからなんだろうなあ。
いや、なんにせよ面白い。正統派な良いSF。